上大岡駅東口商店会
横浜市港南区上大岡東1-9-16(花ともだち大塚内) 
電話:045・846・1187
 
      上 大 岡・歴 史 よ も や ま 話
       
      洪水の危険地域だった上大岡!

      著者紹介
       長谷川敏雄
       長年航空写真測量会社に勤務し地図作りに従事。現在港南歴史協議会に所属し郷土の歴史秘話を探して奮闘中。(港南区大久保に50年居住)
      コラムタイトル
       1.上大岡・地名の変還
       2.上大岡駅の場所は偶然だった
       3.上大岡のランドマークだった大見湯
       4.上大岡にあった陶器工場
       5.戦前上大岡にいた外国人
       6.上大岡に「箱根」?
       7.駅前新道の目的は市電の延長だった 
       8.商店のはしりだった公設市場
       9.洪水の常襲地だった上大岡
       10.軍需工場の社宅跡にヨーカ堂が
       11.上大岡を用水路が流れていた
       12.上大間にあった火葬場
        
       
       現在、日本全国で水害のない年は皆無となっていますが、この上大岡の地も今から半世紀前頃は常に洪水の危険にさらされていました。上大岡駅から程近い所に大岡川が流れ、今は遊歩道沿いに桜が咲き穏やかな流れとなっていますが、昭和36年6月28日折からの梅雨前線による雨が連日降り続き、この夜大岡川が氾濫上大岡周辺も一面水浸たしになりました。
      【昭和36年6月の洪水:現在のカミオ前の県道から関の下方面を写す】
      (「マイウェイ渡世旅日記」平成8年 鈴木英雄〔へれん会長〕著より)


      【上大岡の対岸・大久保の洪水の写真】
      (渡辺渥美氏撮影写真)

      戦後、特に昭和30年代になると上大岡周辺の大岡川・日野川流域の丘陵部は虫食い的に宅地開発が行われ始めました。丘陵部の山林は伐採され、瞬く間に裸地となり宅地と化して行きました。それに伴って雨水を蓄える事が出来た山林は保水力が無くなり、降った雨水は一気に河川へと流れ落ちて行くようになったのです。
      【宅地造成中の港南台団地:大型ブルドーザーが山を切り開いて行く!】
      (港南台の根本氏撮影)


      【上大岡周辺で宅地造成が行われているのが判る:白っぽい所が造成地】
      (昭和38年国土地理院撮影航空写真)
      昭和30年代の洪水を経験した後、昭和40年頃には大岡川水系の上流では洋光台・港南台の大規模開発が始まり、神奈川県は大岡川水系の抜本的治水対策として大岡川と日野川からの水を二本のトンネルを掘り直接根岸湾に放流する計画を昭和44年に決定しました。約10年の歳月をかけ昭和56年大岡川分水路として完成し、その後上大岡の地でも洪水の被害に遭う事はなくなり、安心して暮らせるようになりました。

      【大岡川分水路位置図(神奈川県横浜治水事務所 昭和56年刊)】


      【笹下の大岡川取水庭:左のトンネルから根岸湾に増水時に流れる】
      (神奈川県横浜治水事務所 昭和56年刊)

       
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