
【右奥に大見湯の煙突が見える。手前に床屋のマークが写っている】
(昭和32年頃の写真:桜岡小学校蔵)
〔現在の「りそな銀行」前の鎌倉街道からメガネドラック方面を写す。
大見湯は現在ではソフトバンクの営業所があるビルの場所〕この「大見湯」には終戦直後の昭和20年に8才の少女だった美空ひばり(当時は美空和枝)がこの銭湯で歌ったと云うエピソードがありました。それによると終戦後、父親が復員して「美空楽団」を結成し、戦後最初に人前で美空和枝が歌ったのがこの「大見湯」だった様です。なぜ上大岡だったのかは、おそらく当時横浜の市街地は空襲により焼け野原となって銭湯も焼け、住んでいた滝頭から一番近くにあって焼け残っていた銭湯がこの「大見湯」だったのでしょう。また当時銭湯は燃料がなく営業できずにいた様で、小さな美空和枝は浴槽のフタを舞台替わりにして歌ったそうです。

【火災保険地図(昭和5年11月作成)に大見湯!】
〔左の二軒長屋には「髪結い」と「床屋」も置きました〕(横浜市史資料室蔵)