上大岡駅東口商店会
横浜市港南区上大岡東1-9-16(花ともだち大塚内) 
電話:045・846・1187
 
      上 大 岡・歴 史 よ も や ま 話
       
      上 大 岡 ・ 地 名 の 変 還
      「上」があって「下」はないの?


      著者紹介
       長谷川敏雄
       長年航空写真測量会社に勤務し地図作りに従事。現在港南歴史協議会に所属し郷土の歴史秘話を探して奮闘中。(港南区大久保に50年居住)
      コラムタイトル
       1.上大岡・地名の変還
       2.上大岡駅の場所は偶然だった
       3.上大岡のランドマークだった大見湯
       4.上大岡にあった陶器工場
       5.戦前上大岡にいた外国人
       6.上大岡に「箱根」?
       7.駅前新道の目的は市電の延長だった 
       8.商店のはしりだった公設市場
       9.洪水の常襲地だった上大岡
       10.軍需工場の社宅跡にヨーカ堂が
       11.上大岡を用水路が流れていた
       12.上大間にあった火葬場
        
       
      現在の上大岡地域はその昔「武蔵国久良岐郡大賀郷」と称されていた。「オオガ」のオガは岡の事で、いつ日が転化して大岡になったと云われている。この「大岡」が上下に分かれたのは江戸中期の元禄年間頃で、この時「上大岡村・下大岡村」が誕生した様だ。また上下の区分は大岡川の上流部が「上大岡村」で下流部が「下大岡村」となったと思われる。

      現在「上大岡」はあるが「下大岡」がないのは、明治22年に両村を含む12村が合併して「大岡川村」となった際「上大岡村・下大岡村」はそれぞれ「大岡川村」の大字となった。しかし明治44年、先に横浜市に編入した大字「下大岡」は「下」を取り「横浜市大岡町」と称する様になった。おそらく「下」を忌み嫌って削除した様である。ちなみに「上大岡」が横浜市に編入されたのは昭和2年で、その際「横浜市上大岡町」となった。この編入時期が異なった為に「上」があって「下」がない町名が誕生したのである。
       

      【カミオ辺りから鹿島神社方面を撮影(明治36年頃)】
      (「港南の歴史」昭和54年港南区役所発行より)

      【現大岡小学校辺りまでが「下大岡村」】
       
      (明治15年 陸軍参謀本部測量 1/2万地形図より)
       
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